いじめに遭った話

私は、中高一貫の女子校でいじめられてたという話をすることがあるが、本当はいじめられていたのは中一の間だけだ。しかし、その時私が恐怖を感じたのは、いじめていた当人達よりも、その他三十余人の傍観者達である。「見られた」という屈辱は、学年が変わってクラスが変わってもひきずった。仮に、誰かとうちとけたところで、そのくつろいだ顔をいじめた人や傍観者だった人達に見られる。それはプライドが許さなかった。私は、私が恥辱を受けた場で、決して笑顔を見せたり心を許したりするわけにいかなかった。そうして、学校では必要最低限の交流しかせずに六年間を過ごした。私がいじめられていたのを知らない子達は、私がただの偏屈で喋らないのだと思っただろう。そんな経験が原因か、いまでも女性にはきちんと心を開けないままだ。尊敬したり、興味を持ったりする相手はいるんだけど。女性ばかりの場にいると、いやあな緊張感で身が固くなる。女であることによってしか、存在を許されていないと、どこかで思っている。大学に入ってからは、不思議といじめられなかったね。ありがたかった。感謝している。