山本薩夫『牡丹燈籠』1968年

神保町シアターの特集上映「怪異と映画」で、1968年の山本薩夫監督の『牡丹燈籠』を観てきた。コワ美しい、というか、スゴ美しかった。後半は怖い場面もあるものの、前半は特に映像美が際立って幻想的で、子供達が手に手に燈籠を持って歌いながら精霊流しに向かう場面、水面に沢山の燈籠が流れる幻想的な場面、そして子供達を率いていた新三郎が草に引っかかっている燈籠を流してあげた時に美しいお露とお米が現れ、「わたくしどもの燈籠でございました。流していただき、ありがとうございました」と言う場面が、異常に美しかった。
あの場面から二人はほの白く輝いていて、この世のものならぬ雰囲気を放っていたわけだが、あの撮影技法はどうやっているのだろう?

三遊亭圓朝の原作にないオリジナルの設定が、お露が艶かしい花魁の格好をしていて、なぜかというと、武家の娘であったがお殿様の心変わりによってお家が取り潰され、悪い人買いに騙されて吉原に売られ、父親も亡くなってしまった。武家の出身ゆえお茶お花お香和歌管弦などの女一通りのことを心得ているので、体を売らないでもお職を張れ、しばらくは客を取らずにいさせてもらえたが、とうとう金持ちの嫌な爺に見初められて身請けされることになり、身請けされた後体を許さなければいけなくなり、それを拒むために自害したとのこと。
新三郎もまた武家であるが、政略結婚による縁組を壊したくないから亡くなった兄の嫁を娶れ、と親や親戚から迫られており、そのような権力に無理矢理屈服させる武家社会の仕組みに憤りを感じている。だからこそ、「世の中の不条理に抗うために死を選んだ」お露と惹かれ合う。ここに映画としてのメッセージ性があるだろう。

そして、お露の絽とか紗だろうか?透き通るような生地の水色の着物、潤んだ眼差し、団扇で顔を隠して恥ずかしがる仕草、袖口から襦袢の袖を出して涙を抑える仕草の美しいこと!(それだけに、青ざめてげっそりと痩けた幽霊としての姿で映る場面は、なお恐ろしい)
あと、蚊帳ってなんともいえないエロスがありますね。
二人の骸骨に纏わりつかれて幸せそうな顔で死んでいる新三郎の死骸を、長屋の衆が念仏で優しく囲むのだった…。

シネマ歌舞伎「朧の森に棲む鬼(松也版)」

シネマ歌舞伎「朧の森に棲む鬼(松也版)」を観てきた。

これは新橋演舞場で上演してた当時は観てなかったのだが、今回観て想像してたよりよかった!松也さんと右近さんがかっこよかったし、古典歌舞伎とは全く違うテンポの早い展開や激しい動きの殺陣をこなしていてすごいなと思った。松也さん最近歌舞伎座で観ないな。

あと、イチノオオキミ(彌十郎)が若い内縁の妻(坂東新悟)が他の男に愛を移しており、自分に毒を盛って殺そうとしていることを悟っている時の、あの何もかも知っていてそれでもあえて受け入れるシーンの、光のない真っ黒な暗い目がすごかった。目で演技ってできるんだと思った。

それから、ライ(松也)がツナ(時蔵)に贈ったパイナップルが、ツナが再び箱から取り出した時はツナの殺された夫の首に変わっていて、ツナがそれに口づけするシーン(もちろん、夫の首に変わっているのはツナのイメージの中であって、実際にはパイナップルなのだが、舞台上では本当に首に変わっている)の幻想的な演出すごいなと思った。

たぶん、いのうえひでのりという演出の人がすごいのだが、後で調べたら、脚本の中島かずきと演出のいのうえひでのりは両方とも劇団☆新感線の人なのだな。

大学で演劇サークルだったけど、演劇はやるのも観るのも楽しい。

下座音楽「唄入り韋駄天(赤いもの)

私は歌舞伎の下座音楽とか落語の出囃子など、お囃子が大好き。

YouTubeで「圓生百席」の中の『盃の殿様』の音源を聴いていて、送り囃子がとても良かったので(動画の50:40〜のところ。なんとも偏執的なことに圓生さんは「圓生百席」の全ての噺に出囃子と送り囃子を付けていて、唄の入るものは自ら唄っている)調べてみたら「韋駄天」という曲だそう。歌舞伎の下座音楽に「唄入り韋駄天(赤いもの)」というのがあり、これと同一っぽい。
https://youtu.be/wUhHompPZYU?si=cGxq9wCaFF9-09Bx

「赤いものにとりては 南蛮辛子に唐辛子 紅屋の看板 緋の袴 またも赤いは 山王の桜の木に お猿が三万 三千 三百 三十三匹下がった お猿のおいどは真っ赤いな」という赤いものづくしの楽しい歌詞で、舞踊「半田稲荷」の一節の引用であり、元は当時の流行り唄とのこと。

それにしても、こういう下座音楽とかお囃子ってデータベースとしてなかなかどこかにまとまっていないし(少なくともオンラインでは)、情報も少なくて難儀しますな。

下座音楽「ぼんぼんぼんの」

シネマ歌舞伎「怪談牡丹燈籠」を観てきた。伴蔵がお峰を殺す場面で、イヤホンガイドアプリの解説では江戸時代に流行したお盆の唄?のような、歌詞に「釈迦如来」という言葉の入ったのどかな下座音楽に合わせて、様式化されたゆっくりとした動きで殺しの場が展開するのが美しかった。陰惨な殺しの場と、一見それにそぐわないような美しい音楽が組み合わさるの大好き。そういう殺しの場だけを繋ぎ合わせて観たいくらいである。

シネマ歌舞伎「怪談牡丹燈籠」予告編。こちらの1:17以降に上記の下座音楽が流れている。
https://youtu.be/jNDEcCO6T1U?si=CkjrpsVo0AIcF0Xm


この、本編ではお峰殺しの場面で演奏されるお盆の歌のようなのどかな下座音楽、これがどうしても気になって調べてみたが、ネットには全く情報が出てこない。検索結果に、歌舞伎の「怪談牡丹燈籠」の別の場面の下座音楽を演奏しているYouTube動画がヒットして、ダメ元でその動画に対するコメントで投稿者の方に質問してみた。するとすぐに答えが返ってきて、『歌舞伎音楽集成』(杵屋栄左衛門著)によると、「ぼんぼんぼんの」という題名の下座音楽であり、歌詞は「盆々盆の十六日に」で始まり、「南無釈迦如来、手で拝む」が最後に来る、とのこと。
これを手がかりにさらに詳しくネットで調べてみると、江戸時代、江戸の町でお盆の夜に、子供達が列をなし、提灯を持って手を繋いで、「盆ぼんとても今日明日ばかり」「盆ぼんぼんの十六日に」などと歌いながら町々を練り歩いたということらしい。
子供達が列をなしてこのような歌を歌う風俗は、江戸や京都を含め全国の各地にみられたらしい。歌詞も色々なパターンがあるらしいが、そのうちの一つがこうである。

♪盆ぼん 盆の十六日に
お閻魔さまへ参ろうとしたら
珠数(じゅず)の緒が切れて 鼻緒が切れて
南無釈迦如来 手で拝む
手でも拝めば 足でも拝む

以下に文献からの引用を置いておく。

「七八歳より十五六歳位の一と群が盆になると夕暮より同じ年位の者七八名づつ一列となり年長のものは順々に跡に列して五六列をなし手を連ね竹の先きに紅ちやうちん又は切子灯籠を持つものもありて声張揚(はりあげ)て、『盆々ぼんの十六日にお閻魔様へ詣ろとしたら珠数(じゅず)の緒が切れて鼻緒が切れて南無釈迦如来手でをがむ手でおがむ』」(高砂屋浦舟『江戸の夕栄』)

「十歳以下三、四歳以上の子供男女打ち交りて、手に手をつらねて小提灯の美しく画をかきしをともし、『ぼんぼんぼんの十ウ六日に、おーゑんまアさまへまいろとしたら、数珠の緒がきれて、はアなおが切れて、なむしゃか如来手でおーがむ』と無心に憚る所もなく、声張り上げて歌いつつ、道路の中央(なか)、片端(はし〕の差別なく、ここかしこにうたいてあるきたり」(菊池貴一郎『絵本江戸風俗往来』明治38年

前述した下座音楽「ぼんぼんぼんの」は、この歌から作られているというわけだ。ネットには、わらべ歌としての「盆ぼん」の音源と、行事として唯一現存しているという「松本のぼんぼん」の音源のみ見つけることができた。(この行事から名前が由来している夏祭りの「松本ぼんぼん」とは全く別物なので、YouTubeで検索する場合は注意してください)

松本のぼんぼん
https://youtu.be/_MtvT-QeqXc?si=-xB3eQ6ev4VUeZ71

しかし、やはり下座音楽「ぼんぼんぼんの」の方が美しいようだ。おそらくこの哀調を帯びた盆唄を三味線を伴った下座音楽に変換するにあたって、しっとりした色気が生まれていると思う。

八百屋お七の覗きからくりのこと

『くしゃみ講釈』という落語の中に、「八百屋お七の覗きからくり」というものが登場する。私は柳家権太楼ので聴いていて、YouTubeに上がっている動画では権太楼がウワーッと元気な声で拍子を取りながら「覗きからくり」をやっていて観客を爆笑させている。この「八百屋お七の覗きからくり」に興味が湧いて調べてみた。

Wikipediaには「郷土芸能としての『八百屋お七』は歌祭文・覗きからくり節・盆踊歌・飴売り歌・願人・祝い歌・労作歌・江州音頭やんれ節などが確認される」と書いてある。また、前橋文学館で実演された時の記録などがYouTubeやブログに上がっていたが、それを聴くと権太楼さんので想像してたよりもしんみりしていた。明るさはあるのだけれども、軽妙で明るい語り口の中に、悲しみがあった。

また、押し絵看板装飾の、裸馬に乗せられ江戸市中引き回されるお七の絵が、中央から観音開きになり、観音菩薩と相対するお七の絵が現れる…(その絵の隅には吉左と思われる若者もいる)という仕掛けになっているのを画像で見て、その時お酒が入っていたとはいえ思わず泣いてしまった。民衆がいかにお七のことを愛していたか分かった。民衆は明るい調子や悲しい調子の中に、お七のことをあわれがって語り継いでいたのかもしれなかった。日本の芸能、特にこういう口承の芸能には「あわれがって語り継ぐ」という鎮魂の性質があると思っている。しんみり語り継ぐのも、お祭りのようにわいわい語り継ぐのも、同じくいとおしんでいるのだ。それがこういう芸能に私が魅力を感じている一つの理由である。

2024年9月 十条 篠原演芸場

   十条の篠原演芸場大衆演劇を観に行ってきた。ローカルな商店街の中に、突如として劇場が出現し、売店では手作りのおにぎりやゆで卵を売っていて驚いたし(私は梅おにぎりとゆで卵を買った)、グラスビールも客席に持ち込み可というのも、なんともおおらかであった。座席は座椅子席がメインで、脇に桟敷席があるというのも、昔ながらの劇場を想起させた。演目は清水次郎長森の石松の物語だったが、森の石松清水次郎長の子分「清水二十八人衆」の一人だということを私は今回初めて知った。

   石松が甲州で都鳥一家に襲われ重傷を負う。石松が殺されたと思い敵討ちに来た次郎長は、都鳥を倒したが脚を斬られる。この辺りを取り仕切る親分で、次郎長とは富士山を挟んで敵対している黒駒勝蔵が現れ、重傷を負った石松を匿っている、怪我が治ったら清水に返してやる、と約束する。次郎長は脚を斬られて体が不自由になってしまったため、二十八人衆は離散してしまい、二十八人衆の一人・大政が謀反を起こし清水一家を乗っ取る。次郎長は、せめて石松が無事で帰ってきた姿を見たい、それまでは清水一家に留まりたいと大政に願い出て、下働きとしての惨めな扱いに耐えている。そこに石松が帰ってくる、という筋立て。

   大政と子分達が下働きとなった次郎長をひどくいびるのを見て憤った石松が大政達に斬りかかろうとすると、次郎長がそれを押しとどめ「我慢してくれ、俺はお前の帰りを待っていたからこそこのような扱いに耐えてきたのだ、短気を起こして、せっかく無事で帰ってきたお前の身にもし何かあってはいけない」とはらわたを絞るような声で言う場面は、思わず泣いてしまったし、会場からもあたたかい拍手が起こった。というのは、歌舞伎みたいに、「見せ場で芸がピタリと決まった」ことに対して拍手するのではなく、観客みんなが次郎長その人、次郎長の悲劇そのものに対して「そうか、もっともだ、偉いぞ」という同情や応援の意味で拍手しているように思えた。かつて江戸時代から地方で上演されていた巡業の旅芝居や、農村での田舎芝居も、このような雰囲気だったのではないかと思った。

ヴィスコンティ『ベニスに死す』

ヴィスコンティの『ベニスに死す』を観た。ナボコフの『ロリータ』と被るし、自分の好きな作品の系統からしていつか観た方がいいかなとは思っていた。

あらすじ自体は知っていたが、実際に観てみて映像美に驚いた。まさに映像と音楽が合わさった詩のよう。カメラワークがすごくて、人物の顔を一人一人クローズアップにして追いながらタッジオを発見する様子などは、観客の我々もアッシェンバッハの眼差しになって執拗にタッジオを追う感覚になる。特にホテルのサロンで初めてタッジオを見るシーン。サロンの客の一人一人の顔をカメラで追いながら、タッジオを発見し、カメラがまたぐるっと回ってアッシェンバッハの顔に戻る。このカメラワークが、恋に落ちる時、美しいものを見い出す時ってこういう感じだよなっていうのを再現している。私の好きな映画『ゼラチンシルバー LOVE』のような、まなざしのテーマにも重なる。

ものすごい衝撃を受けたんだけど、その衝撃というのが、普段蓋をして無いことにしている感覚(欲望や憧れのようなもの)を呼び起こされたようで、このことを人に話すのがためらわれるような、後ろめたいような感じ。

私は普段「美しいものを見たら死んでもいい」という感覚を持ってるのだけど、この作品を観て、やっぱり「完全に美しいものを見たら死なねばならない」んだなと思った。

トーマス・マンの原作で表現されているタッジオの描写が素晴らしい。
「足にもつれる水を泡立て、少年は、頭をのけぞらせて駆け戻ってきた。少年らしく、優しく引締まった、生きいきとしたからだつき、捲毛(まきげ)からは水を滴らせ、空と海との深みから出てきた優雅な神のように美しく、水を出て、水をのがれてきた有様を見ていると、神話の世界の事どもも思い出された。少年の姿は、大昔の、ものの根源と神々の誕生とについて物語る詩人の言葉のようであった。アシェンバハは両目を閉じて、心の中に響き初める太古の歌に耳を澄ませた。」
この美しさの比喩!小説ならではですね。

荷物が手違いで別の方向へ送られたことを知り、ヴェネツィアに留まることを決意した時、再び音楽が鳴り始める。タッジオにまた会えるという喜び。ここでアッシェンバッハの気持ちが吹っ切れる。そして、その直後に駅の構内で乞食が倒れる。忍び寄る死の予感。この連続した場面は劇的ですごかった。

幸福の笑みを浮かべてヴェネツィアに戻ってくるアッシェンバッハ。浜辺で他の子供達と遊び、泥まみれになって家族の元へ戻ってきて母親に貝を差し出す姿は、まさに無邪気な子供である。それを見守るアッシェンバッハ(および我々)の微笑ましい気持ちは、『伊豆の踊子』で裸で伸び上がって呼びかける踊子を見て主人公が「子供なんだ。まだ子供なんだ」と清涼な気持ちになる場面を想起させる。

タッジオがアッシェンバッハにあきらかにはっきりと微笑みかける場面、トーマス・マンの原作ではそれを「ナルキッソスのほほえみ」と表現しているが、友田和秀氏の論文「『ヴェニスに死す』について 一一アッシェンバッハの自己崩壊と神話の形象一一」では、「あくまでアッシェンバッハの〈感情〉のあらわれにたいして、つまりかれの美しさがおよぼした作用にたいしてほほえみをおくっているのである」と書いている。八つ橋の微笑みももしかしたらこういう性質のものであったかもしれない。いずれにせよ、この後一人になったアッシェンバッハは戦慄におそわれながら、「わたしはおまえを愛している!」と口にすることになるのだ。

最後、タッジオが海面のきらめきの中に溶け入るように入っていく画面も美しい。

タッジオの美しさは子供から大人に変わる途中の奇跡のようなほんの一時期の美しさだ。ナボコフの『ロリータ』もそうだ。ニンフェットだった12歳のロリータは、17歳になって再会すると、他の男との子供を妊娠しており、容色がおとろえ、生活にやつれた女になってしまっている。それでもハンバートはそんなロリータに、「ここから私の車までは歩いて少しだ。私と一緒に着いてきてくれないか」と頼むのだけれど。

衣装もホテルの調度品や食器も豪華絢爛で美しくてめちゃくちゃ好みだった。第一次対戦前の、ベル・エポックっていうんですか?本当にいい時代ですね。

ヴィスコンティの作品は初めてだったが、映像美ということではもしかしたらフェリーニと並ぶような気がする。